根本 利通(ねもととしみち)
6月14日、新年度予算案が発表になった。今年は、4月の野党CHADEMAの「首相不信任動議」に揺さぶられて、キクウェテ大統領は5月4日に内閣改造に追い込まれ、更迭した6人の大臣の中に主要な財務、通産、運輸、鉱山エネルギー大臣が含まれていたから、予算案編成は大変だっただろうと思われる。
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予算案の入ったブリーフケースを掲げる財務相
『Daily News』2012年6月15日号
6月15日の各新聞の第一面には、財務大臣が予算案の入ったブリーフケースを掲げる写真が載せられるのが恒例である。今年も同様だったが、新大臣になったばかりのムギムワ(Mgimwa)大臣の表情は、初舞台だからか、あるいは困難な経済状況だからか、心なしか硬いように写っていた。
各新聞の見出しを見てみよう。まず政府系の英語紙『Daily News』は「全員に公平な予算」と謳った。『Guardian』は「複雑な反応を引き起こす予算」、『The Citizen』は「10の微笑むべきこと」、『Business Times』は「歳出の急増に対しイメージの改善を図る政府」だった。
読者数の多いスワヒリ語紙はというと、『Mwananchi』は「予算ー最低賃金課税は改善、車の注文、酒はアップ」、『Mtanzania』は「予算は泣き叫ぶ」、『Majira』は「災難な予算」、『Nipashe』は「厳しい予算」、『Tanzania Daima』も同じくは「厳しい予算」だった。とにかく、危機、困難な状況の中にいることが強調されている。
新年度予算案の発表前に2011年の「経済概況」報告が、ワシラ社会関係調整担当国務相からあった。それによると2011年の経済成長率は6.4%で、2010年の7.0%を下回った。また2011年のGDP(本土のみ)は37兆5000億シリングで、前年比16.1%の名目上の伸びになる。国民一人当たりの所得は2011年の人口推計4,450万人を使うと、Tsh869,436となる。2011年のそれがTsh770,464だったから、12.8%の名目上の伸びになる。しかし、タンザニア通貨の下落が約10.3%あるから、実質の伸びはわずかである。年間の為替平均は$1=Tsh1,587.6だから、国民一人当たりの所得は$548くらいということになる(2010年は$538だった)。
2011年、輸出は前年比17.8%伸びて67億9630万ドルだった。しかし輸入は33.0%の伸びで119億9230万ドルに達した。これは石油と発電用機器の輸入の増加のためである。従って、外貨準備も20010年の39億4800万ドルから4.7%減って、37億6120万ドルとなった(2011年12月段階)。これは輸入代金の3.8ヶ月分をカバーするに過ぎない(前年は5.3ヶ月だった)。また国家の債務も15.4%増加して、今年の予算規模の134.1%に達した。うち対外債務だけで、予算規模を超えた(101.2%)。
産業別に見ると、農林畜産業の伸びは3.6%で、前年の4.2%から落ち、GDPに占める割合も24.1%から23.7%に落ちた。水産業は1.5%から1.2%の伸びに落ちた(GDP比は1.4%で変わらず)。製造・電気・ガス・水・鉱山・建設業の伸びは6.9%で前年の8.2%より落ち、GDP比は22.7%で前年の22.4%から増えた。うち製造業の伸びは7.8%(前年7.9%)で、GDPに占める割合も2010年の9.0%から9.3%に伸びた。電気・ガス部門の伸びは、2010年の10.2%から1.5%に大幅に落ち込んだ。水・火力・ガス発電の不振、停電の記憶は生々しい。サービス業の伸びは7.9%(2010年は8.2%)で、GDP比は44.0%(前年43.9%)。依然として成長率が高いのは、21.9%(2009年)、22.1%(2010年)に続き、19.0%を記録した通信業である。携帯電話の普及はまだ伸びしろがあるということだろうか。
2011年のインフレはひどかった。東アフリカ一帯(タンザニアはさほどひどくなかったが)の旱魃、食料生産の落ち込みと、世界的な石油価格の高騰が背景として挙げられる。2010年のインフレ率は5.5%だったが、2011年は12.7%とされる。2011年12月には19.8%を記録し、その後様々な抑え込みの施策が採られたが、2012年4月段階で依然18.7%である。内訳を見ると、食料とエネルギーを除いた分では9.0%であるが、食料は24.7%、エネルギーは24.9%と高率である。
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歳入の内訳
『The Citizen』2012年6月15日号
昨年度の予算案との対比を見てみよう。
(1)今年度の歳出:15兆1196億シリング(前年度比11.8%増)
・通常予算:10兆5918億シリング(前年度比23.2%増)
・開発予算:4兆5278億シリング(前年度比8.1%減)
(2)今年度の歳入
・国内の税収および非税収入:8兆7147億シリング(前年度比28.6%増)
・地方政府の収入:3622億シリング(前年度比3.3%増)
・外国からの借款、贈与、援助:3兆1567億シリング(前年度比19.5%減)
・国内外からの借款:1兆6320億シリング(前年度比35.5%増)
・商業的借り入れ:1兆2541億シリング(前年度比1.4%減)
自己の歳入(地方政府収入を含む)の比率は60.0%で、前年は52.7%だったから、計画通り行けば「財政の健全化」が進むことになる。歳入の大幅増加を目論んでいるが、果たして?そして外国からの援助依存率は20.9%(前年は29.0%)も大幅に引き下げられることになるのだが。今年度のGDPの成長は6.8%、外貨準備は4.5ヶ月、またインフレ率は一桁が目標とされている。
各省庁別ではなく、重点分野とされたものへの予算配分を見てみよう。
①インフラ:2兆4546億シリング
・交通:1兆3829億シリング
・電気: 4989億シリング
・水 : 5688億シリング
・IT: 40億シリング
②農林畜産水産業:1兆1284億シリング
③産業発展:1兆1284億シリング
④人的資源社会サービス発展:841億シリング
これらは今後の各省庁毎の国会の予算審議で変わってくる可能性は大いにある。
インフラでは、ここ数年低迷していた中央鉄道(TRL)のてこ入れが強調されている。機関車・客車・貨車の修繕に費用が割かれる。安価な貨物輸送に対する期待は大きい。またキゴマへの道路、空港や港の改修など、ダルエスサラームからキゴマへの中央横断の交通、タンガニーカ湖から先を見据えた物流振興策であろう。
農業では、Kilimo Kwanza(農業第一)政策の中身として、ワミ川、ルヴ川、キロンベロ川、マラガラシ川の流域における稲、サトウキビの作付けの拡大が謳われている。これは十分に潜在力があると思われるが、外国資本の投資を意図しており、現地に住んでいる零細農民の土地収用の問題や、牧畜民の放牧地の問題が起こるだろう。その紛争は既に発生しているし、また予算案発表後、モロゴロ州知事はキロンベロ渓谷からの牧畜民の立ち退きを命令している。同じようにカタヴィ州知事もルクワ州と連携を取りつつ、牧畜民の立ち退きを命じようとしている。
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予算配分の多かったTRL
主要な税額の増減を見てみよう。主として物品税(Excise duty)であるが、増税は恒例のように、タバコ、ソフトドリンク(炭酸飲料)、ビール、アルコールなどの嗜好品にかけられている。これは毎年のことであるが、今年度の値上げ(ソフトドリンクは1リットル15シリング、国産ビールは62シリング、輸入ビールは105シリング、スピリッツは399シリング、輸入ワインは269シリング、国産タバコは1本1.4シリング、輸入タバコは1本5.8シリングなど)は、昨年の上げ幅よりは大きいので(平均で約20%)、消費に影響が出るだろう。ただし、国産ワイン(75%以上内国産のブドウを使用しているもの)は275シリング値下げとなった。
また輸入ジュースの物品税は83シリングとされた一方で、国内産ジュースは8シリングとなった。農村加工工業・国産品奨励のためということで、国産ワインの優遇と同じだろう。また、生の皮革の輸出税が125%アップされた。これも国内での靴や皮革利用の製造業奨励のためとされる。
車両関係でいうと、3,000cc以上の大型車両で、公共用とみなされない例えば政府役人の私用車などの免税が撤廃された。ランドクルーザーなどが対象になる。また、環境保護の名目で、製造後8年を経過した車両の輸入にはVAT20%課税となった(現行は製造後10年)。投資者保護のために100%免税だった投資財もVAT10%課税となるようだ。空港税も国際線は$30から$40へ、国内線はTsh5,000からTsh10,000へアップされた。いまや2000万人を超える利用者数となった携帯電話の通話料にかかる税が5年ぶりに改定され、10%から12%になった。それ以外にもカジノ、ゲームなどの税率がアップした。
減税もしくは免税になったものは、次のものである。まず所得税の課税最低ラインが、月収Tsh135,000からTsh170,000に上げられた。また年収300万シリング以下の零細小売商は従来Tsh35,000払っていたが、それがなくなった。これは一般的には歓迎されているが、単純に見ると給与生活者の方は年収204万シリングから課税になるわけで、不公平感がある。自営の零細商人の売り上げを正確に把握するのは難しい。マチンガ優遇策とは思えないが…(最終的には議員の修正案で、400万シリングまで無課税となった)。
工場用の重油のVATが撤廃され、生産コスト削減に貢献することが期待されている。今年度中に、ムトワラからダルエスサラームへの天然ガスのパイプラインを完成させるとしている(中国の銀行融資で12億2530万ドル)が、天然ガス関係の機具などへのVATが免除された。
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民衆は予算案に期待しているか?
『The Citizen』2012年6月14日号
税金ではないが、廃止されていたナショナル・サービスの復活も注目される。ナショナル・サービスというのは高学歴者(当時は高卒)が国民に奉仕するために兵役訓練を受ける義務のことである。社会主義時代には、原則として1年間ナショナル・サービスに参加しないと大学入学できなかった。これを避けるために、海外留学したり、病気の証明を出してみたり、様々な兵役忌避行動が見られた。若い日に1年間学業を中断すること、特に理数系の科目を専攻する者のとってのロスが議論され、1994年に廃止された。それを高卒、大卒に再び課そうということで、宿舎建設や訓練のの予算(75億シリング)が計上されている。「愛国心の涵養」「国民の団結」「健康の増進」が名目に挙げられている。今後の教育機関との調整を待つとされる。
それ以外にタンザニア農業開発銀行の創設(資本金400億シリング)、投資銀行の増資(300億シリング)のほかに、女性銀行に対する増資および零細企業融資基金などに26億シリングが予算措置されている。また、教育・医療・農業などの分野で、政府は71,756人の雇用を創出するとしている。
この予算案に対する反応はどうだろうか?まず野党CUFのリプンバ議長(経済学者)は「貧しいタンザニア民衆を苦境から救い出す予算案ではない」と、開発予算が30%しか割り当てられていないことを批判した。CHADEMAの影の蔵相であるカブウェも「この予算は都市住民のためのもので、3,000万人を超える農村部に住むタンザニア人のためのものではない」と批判した。。野党だけではない。与党であるCCMからも批判の声が上がっている。特に開発予算が、割合だけでなく総額も減らされたことに対する批判が強い。CCM議員の中にも反対票を投じる意向を表明する者がいる。
政治家は思惑があっての発言だろうが、それ以外の学者、専門家、ビジネスマンはどう思っているだろうか?「明確で現実的な目標がなく、新しい税金や免税をもてあそび、いわば右のポケットから左のポケットにお金を移しているようなもの」「全ての人を喜ばせようとする空しい努力」「砂糖と塩を混ぜているようなもの」「これではインフレの抑制は無理だ」「灌漑農業をしっかりやらずに、安い食料品の輸入に頼ってたら危険だ」「名目成長率は11.8%でもインフレ率を考えるとマイナス予算だ」「農業投資もMonsantoのような巨大国際資本誘致優先で、零細農民は冷遇されている」「農村部の保健、学校、道路は依然劣悪なままだが、その開発のための予算措置がない」「身体障害をもつ人たちの教育、福祉に対する言及がない」。(2012年6月16日『The Citizen』『Mwananchi』の報道)
そして一般民衆はどう感じたのだろうか?予算案発表後の1週間の新聞報道を中心に拾ってみる。都市住民の最大の関心はやはりインフレ特に食料品の高騰であるが、その対策として今回の予算案の有効性に疑問を呈している。また「ソフトドリンク、ビール、タバコの値上げを繰り返すと結果、非合法酒に流れるのさ」と嘯く。農村部ではやはりきれいで安全な水、医療、教育環境の立ち遅れをなげく。今年は携帯電話の通話料の値上げについて「巨大な利益を上げている携帯電話会社への課税の強化の代わりに、利用者に課税するとは。農村に住んでいる者にとっては、携帯電話による情報交換は生計のために必要なのだ」と。農業の近代化、「緑の革命」に希望を託す声もある。
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ボク欠席
『The Citizen』2012年6月23日号
新聞の論調を読む限り、与野党ともかなり強い口調で予算案を批判していたから、これは今年の予算案は否決があるかも、少なくともかなり揉めて大幅修正になるだろうと思わせた。キクウェテ大統領の指導力への疑問を国会論戦の中で明言して、退場になったCHADEMA議員も出た。昨年も電力関係で、予算案の修正が行われた記憶がある。しかし、6月22日あっさりと政府案は可決された。賛成275票、反対72票で、与党CCMからは造反は出なかった。ピンダ首相の強力な介入工作があったらしい。先週、声高に離党してでも反対すると言っていたCCM議員は、投票を欠席した。
しかし、やはりいくつかの修正はあった。儲かっている携帯電話会社や鉱山会社への課税が強化されたりした。しかし、私が注目したのはなくなったはずの国会議員や政府の高級官僚の私用車への免税措置が復活していたことである。お手盛りというか、造反させないための与党議員へのアメだったのだろうか。これは声高に語られずに、スイス銀行への隠し口座の発見とか、今年3回目の医師によるストライキのニュースに消されてしまった。
都市の住民(エリートを含む)はともかく、地方農村部に住む一般民衆は、本音では国家に期待しないという人たちが多いのではないかと想像する。植民地時代から「国家」というものは税金を取り立てにくる、できれば関わりたくないものであったのだろうというのが私の基本認識である。ただ地方の幹線道路が整備されれば、農作物の市場が広がるわけで、基幹産業である農業の自立化につながるという期待は大きいように思う。環境・自然の保護との両立を期待したい。
ジャーナリストも都市に依拠しているから、本当に農村の民衆の声を伝えられているかは疑問である。今年の開発予算の減少、通常予算の予算の膨張は、去年問題とされた公務員の手当(Posho)の削減問題と絡んでいるはずだと思う。また歳入と歳出のバランスを取って、援助国側の同意を得たいという思惑もあるように思える。
ザンジバル自治政府の予算案は、今年は連合政府のそれよりも1日早く、6月13日に発表された。総予算は、6489億シリングであるから、前年比わずか5.7%増加である。通常予算が3078億シリング、開発予算が3411億シリングである。前年は開発予算が60.6%を占めていたが、今年は52.6%と依然過半数ではあるものの、比重は減った。歳入増加のための手段に乏しいザンジバル自治政府であるが、輸入石油の増税(1リットル当たり50シリング)、港使用料のアップ(本土行きが2,000シリング、ペンバ行きが1,000シリングになる)、印紙税を1.5%から3%へ、ホテル、レストラン関係の増税を図っている。目標経済成長率は、6.8%~7.5%、インフレ率は現在の14.7%が8.7%まで落ちるとの予測である。
☆参考:National Website of the United Republic of Tanzania "The State of the Economy for 2011 and National Development Plan for 2012/13"
☆今月は「読書ノート」第19回」もあります。
(2012年7月1日)
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