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Habari za Dar es Salaam No.125   "World Natural Heritage and Development" ― 世界自然遺産と開発 ―

相澤

根本 利通(ねもととしみち)

 7月4日付けの非政府系英字紙『The Citizen』にびっくりする記事が載った。トップ記事で「ダルはウランの戦いに勝った」と見出しにある(写真参照)。Bernard Jamesの署名記事である。その記事の内容を要約すると次のようになる。

📷 セルー保護区のウラン採掘認可のニュース 『The Citizen』2012年7月4日号  ユネスコ世界遺産委員会は、数ヶ月のロビー活動の結果、セルー動物保護区の一部をウラン採掘のために分離するというタンザニア政府の要請に対して、7月2日最終的に認可を与えた。このタンザニア政府の計画に対し、世界の環境保護派は強硬に反対していた。しかし、面積500万ha以上のセルー保護区の南部の19,793ha(面積の0.8%=まま)が保護区から外されることになった。天然資源観光省副大臣は、この決定に感謝し、「わが国の社会経済発展に寄与し、また保護区の運営の財政的基盤を強化するだろう」と語った。

 ドイツの環境保護派を先頭とし、一部の国会議員も含め反対の論陣が張られてきた。放射能汚染、有毒物質が地表水、地下水、空気などを通じて保護区内に流れ込むことを防ぎようがなく、野生動物に危険である。また放射性物質は長期にわたって残留し、将来の数世代にとっての脅威になると。このグループはセレンゲティ横断道路の建設にも反対している。

 認可取得予定なのは、オーストラリアのMantra Resourcesで、プロジェクトの費用は4億ドル。会社の収入は年2億ドル、タンザニア政府の収入は年500万ドルとされる。天然資源観光大臣(当時)は、この収入が保護区の運営を支え、1,600人の雇用を創出すると語っていた。現在のタンザニア政府による保護区の運営費用支出は年49万ドルとのことで、この鉱山からの収入が密猟対策の警備員への支払いに役立つとしている。

 翌日(7月5日)、今度は政府系の『Daily News』がフォローする記事を、やはり第一面に載せた(トップ記事ではなかったが)。見出しは「ウランの安全性は保証された」である。署名はBilham Kimatiとなっている。

 今度は天然資源観光大臣が記者会見しての発言である。「政府はウラン採掘の全ての工程での安全面の遵守を保証する。現代的技術を用いれば心配ない。日本やドイツのような国々は80%以上の電力を原子力からまかなっている。タンザニアは発展のためにエネルギーを必要としている。このプロジェクトは経済的に大きく貢献し、国家に利益をもたらすだろう」とのこと。

 これを読んでため息がでた。福島の経験が全く活かされていない。天然資源観光省という、いわば自然環境保護の正副大臣の発言である。日本とドイツの原発状況については事実誤認もはなはだしいし、その発言をそのまま掲載するのはジャーナリストといえるのか?数年前に、国会で「タンザニアでも原子力発電を」と発言した国会議員がいて、私は冗談だろうと思ったけど、本気な人もいるのかもしれない。発言ではウランの輸出ではなくて、エネルギーなのだ。今年、タンザニアの国会議長が東日本大震災の被災地(名取市)を弔問したのではなかったか。

📷 セルー動物保護区内のウラン採掘予定地  この該当する地域がどこなのか、セルー保護区の南部と書いてあるだけで特定できない。しかし、調べてみるとルヴマ州ナムトゥンボ県のセルー保護区に隣接するMfate村からMkuju川沿いにセルー保護区内に50kmほど入り込んで調査が進められていることがわかった。Rufiji川の上流の一つLuwegu川の一支流である。

 IUCN(自然保護のための国際連合)がユネスコの世界遺産委員会に2012年1月に提出した勧告を見ると、対象の区域の面積は報道された19,794haだけでなく、緩衝地帯の21,492haも合わせて41,286haとなるので、現在の総面積の0.8%という数字が出てくる。そしてIUCNの勧告では、このままの計画では世界遺産に重大な影響が及ぶので、計画を練り直すように求める、いはば否定的な意見になっていた。

 それがなぜ世界遺産会議で、「マイナーな境界変更」として認可されたのかはわからないが、タンザニア政府の強いロビー活動があっただろうことは想像できる。世界遺産会議で今回のマイナーな境界変更に対する付帯条件が付けられた。それは   ①代わりに新たな野生動物森林地域を併入する。   ②セルー=ニャサ回廊の保護を徹底する。   ③保護区内でのほかの鉱山活動を認めない。   ④投資者は保護基金に寄付する。   ⑤2013年11月までにタンザニア野生動物機関を設立し、保護区運営のために100%の収入確保を図る。   ⑥保護区内およびその緩衝地帯での開発計画は、世界遺産委員会の事前の認可を得てからとすること。 ということで、要するに今回はいいけど、次回はだめよという妥協なのだろうか?

 そして、タンザニアでの最初の新聞報道とは違い、対象鉱区の所有者は2012年初頭に、Mantra Resourcesから、ロシアのROSATOMの子会社のARMZとカナダのUranium Oneに移っているようだ。今回の世界遺産委員会がロシアのサンクトペテルスブルグで開かれたことにも影響を受けたのだろうか?環境保護派は、放射性廃棄物が6000万トン発生し、その再生処理のコストは4億1700万ドルに上るから、タンザニアには利益はないと主張しているが。

 これには続報があり、8月11日付けの『Daily News』はこう報じた。Mantra Resourcesはその大多数の株を昨年AMRZに売却した。その価格は9億8000万ドルである。Mantra Resourcesは売却益の20%を納税する義務があるが、1億8000万ドルをまだ払っていないので、エネルギー省はウラン採掘のライセンスを発行しないという。野党の質問に対してのエネルギー大臣の答弁である。ただ、これはMantra ResorcesがARMZ社の子会社になったということのようで、そうなるとライセンスを拒否できるのだろうか?と思う。ほとぼりが冷めた時にライセンスが発行されていたなんてことにならないように期待したい。またこの記事で、アフリカでのウラン採掘としてナミビアは有名だが、マラウィの名前も挙がっていた。

 ヒロシマ、ナガサキの原爆とは違う原子力の平和利用の展開の上でフクシマが起こってしまった。今夏のヒロシマの原爆忌で、被爆者団体は平和利用にも反対する方向に舵を切ったようだ。日本の反原発運動と経団連を旗頭とする産業界との綱引きの中で、日本の将来は不確かなものとなっている。かつてヒロシマの原爆のウランがコンゴから採掘されたことが話題になったことがある。現在の反原発運動が、原発立地の地方と消費地である大都市との対立を止揚し、ウランの採掘されている地域の住民のことまで視野に入れて欲しいと思う。

📷 脅かされるセルー動物保護区  このウラン採掘に伴うセルー保護区の境界変更に触れた駐タンザニア日本大使の発言を、7月14日の『The Citizen』が載せている。署名はAlex Bitekeye。記事を要約すると、日本大使は「ウラン採掘から原子力発電までの過程は、非常に繊細でかつ高度な技術を要する。また非常事態に対応する能力をもった人的資源も必要だ。タンザニアはまだその段階に達していないのではないか」と警告したことになっている。日本が推進する天然ガスを利用した大型発電契約に絡んでの発言である。新聞報道が、日本大使の挨拶の要点を捉えているかどうかは不明である。新聞報道の通りであれば、「外交辞令」的ではない発言である。

 こういう発言は英字紙には載っても、スワヒリ語紙に載ることはめったにない。同日の姉妹紙『Mwananchi』では、大使の発言は日本の推進する契約がメインで、ウランのことには触れられていない。ただ「この国にある天然資源利用について国民を教育することによって、開発につなげることができるだろう」と述べたとされる。

 これはセレンゲティ国立公園の横断道路の話題でも同じで、英字紙には載るがスワヒリ語紙ではめったに載らないのと同じ構造だろうと思う。つまり、タンザニア国民にとってはそういった環境保護の話題はあまり関心がない、どちらかというと外国人の関心だというスタンスの表明のように見える。

 セレンゲティ国立公園を東から西へ横断する道路を建設し、北部の中心都市アルーシャとヴィクトリア湖畔のマラ州を結びつけようとする道路建設計画は、浮上しては停滞する。強硬な反対派は、この道路の建設はセレンゲティとケニアのマサイマラを周遊するあのマイグレーションを分断することになり、大規模な環境の変更・破壊を引き起こすという。一方の推進派は、国立公園内の道路は舗装せずに固めるだけだから、マイグレーションに影響を与えないとする。環境評価の専門家の発言は知らないが、素人考えでも、推進派の論理には無理があると感じる。

 ミクミ国立公園を分断する国道(舗装道路)の建設後、車にはねられて死ぬ野生動物の数は多い。まず道路建設期間中に人間が長期間作業するので影響が出るはずだ。道路が完成して大型バスやトラックがどんどん行き交いだしたら、マイグレーションに影響がないとは到底思えない。影響を与えない物流量だったら、それこそ横断道路ではなく、170kmほど長い公園の南側を迂回する代替道路建設で悪い理由が見えてこないように思う。

📷 セレンゲティ国立公園横断道路の論議 『The Citizen』2012年6月13日号  推進派である周辺住民の主張はこうなる。「植民地時代(1951年)にセレンゲティが国立公園とされた時、住民は先祖の土地を奪われ、周辺地域に追い出されたたが、賠償はもらっていない。その後、大雨季には不通となる道路で、流通物資も高く、生産物も売るのが難しい。我われにも発展の権利はある」。これを聞けば、なるほどと思ってしまう。国立公園化により多大な利益が上がっているはずなのだが、その利益が還元されていないこと。そして、元来の住民であった遊牧民、狩猟採集民よりも、流通業者、建設業者などの声が混じり、さらに政治家の思惑も透けて見えるが。

 これは古くて新しい「環境と開発」の論議なのだ。1995年マハレのチンパンジー研究30周年のシンポジウムをお手伝いした時にも感じたことだった。タンザニア西端のマハレ山塊国立公園でのチンパンジーの調査・研究の重要性を訴えるなかで、つぎのような反応に出くわした。「タンザニア人はライオンやチンパンジーをありがたいと思っていないですよ。セレンゲティをつぶしてトウモロコシを植えたり、牛を飼った方がいいと思っている人の方が多いんじゃないですか」

 セレンゲティの横断道路の推進派のなかには、「人権派の弁護士」もいる。Legal and Human Rights Centre(LHRC)の副会長という肩書きだ。『タンザニアの人権報告2011年』を出したところで、横道にそれると、日本の共同通信がこの報告書のなかの「魔女狩り」だけをクローズアップして報道したことがある。さて、この弁護士の主張を要約すると「セレンゲティの横断道路建設はマラ州の住民の発展のためには必要で、権利である。それに反対する外国は内政干渉に過ぎない」ということである。

 「発展する権利、そのための開発」というのは当然主張されるだろう。『タンザニアの人権報告2011年』の第7章「集団的権利」第1節は「発展する権利」である。いくつかの国連関係の人権宣言、アフリカに絡む報告に触れる。そしてタンザニア憲法で、「発展の権利」は法的に守られているわけではないとしながら、その第9条第1節に触れる。「国家の資源の利用は民衆の発展、特に貧困、無知、病気の除去に向けて強調されるべきである」

📷 セレンゲティのマイグレーション  もう少し経済的な側面から見てみたらいいと思う。セレンゲティ横断道路を建設して物流を増やすことによって得る利益と、もしそれがマイグレーションを分断してしまい、セレンゲティ国立公園が「世界自然遺産」としての資格を失ってしまった場合の損失を天秤にかければ、圧倒的に後者が大きいだろう。もちろん、マイグレーションは続くかもしれないし、たとえ一部が歪められたとしても野生動物は適応していくだろうから、ユネスコは「世界自然遺産」の現状変更を認めるかもしれない。今回のセルー保護区の境界変更が認可になったように。しかし、観光収入は減少するだろう。だから損得からいえば、セレンゲティの横断道路は作らない方が得だと思う。

 セレンゲティの大自然だって、太古から続いた悠久の大自然なのではなく、歴史のなかで人工の手が加わっている自然なのだ。現在でも区域を決めて野焼きなどを計画的にやっていることは知られている。人間を排除した形での環境保護を声高に叫ぶのは西欧人だけなのかもしれない。東南アジアの人たち、特に女性たちに大自然に対する関心が低いように感じたことはままある。人口密度が高く、自然も動物も人間が管理する形が普通なのだろうか。考えると中国、インド、アラブ人もそうかもしれないなと思う。西欧人、アメリカ(合州国)人、日本人などの唱える環境保護論は、実は少数派なのかもしれない。

 しかし、特にウラン採掘による環境汚染は、単なる環境保護論では片付けられないだろう。上述の『タンザニアの人権報告2011年』の第7章第2節「人権と環境」のなかに「鉱山地帯における汚染」の項目があり、その中に「ウラン採掘」の小項目の中に、セルー保護区内での試掘や、バヒ(ドドマ州)、マニョニ(シンギダ州)の名前も挙げられている。さらにライセンスを取得して試掘している会社の中に、上記のMantra Resources以外に20数社挙げられていたが、その中にJapan Oilという名前もあった。

 7月11日に興味を引く写真が新聞の第一面に出た。ダルエスサラームの北の郊外のムベジの新興住宅街で、マングローブ林の保護のために豪邸が撤去・破壊されたという事件だ。ムベジ川の河口にマンゴローブ林があるところで、インド洋岸から60m以内の建築規制を無視して建てられた15軒の家がブルドーザーで破壊されたという。実行者は天然資源観光省と、環境保全評議会、キノンドーニ市役所で、重装備(サブマシンガンなど)の警官隊に守られて破壊作業は行われたという。

📷 マングローブ林保護のために破壊される豪邸 『The Citizen』2012年7月11日号  破壊対象の家、敷地は27ヶ所あったそうで、そのうちの価値が15億シリング(約7500万円)という豪邸の所有者は法廷に訴えて、破壊実行から免れたとのことだ。そんな高価な家を建てられるのは限られている。政府の高級官僚か、それとつながるビジネスマンだろうと普通は思う。新聞報道でもそう記されていて、一般庶民は喝采し、「法律はいつも貧しい者を痛めつける。偉いさんも法律を守れ」と言っているらしい。果たして本当だろうか?環境保護のために、政府の高級官僚の家を破壊するだろうか?ほとんど信じがたいニュースだ。一方ではダルエスサラームの西の郊外のプグヒル森林保護区が、開発のために保護規制が外されるというニュースもあるのに。またラムサール条約の指定湿地であるキロンベロ渓谷に入っている牧畜民と政府当局との対立も伝えられている。

 やはり世界遺産であるキリマンジャロ山麓の村人たちが薪や家畜の飼料を採集するために歴史的に出入りが許されていた国立公園と村の間の中間地帯があった。消え行くキリマンジャロの森林(雪ではない!)を守るために、国立公園の領域を中間地帯にまで広げ、人間を排除し、管理強化しようという圧力が「援助国」からあり、約10年間そうなっていた時代があった。必要に迫られ中間地帯に入った村人たちは、国立公園の監視隊に暴行されたり、逮捕されたりした。しかし、森林の減少は止められず、今年になって中間地帯の村人への返還がキリマンジャロ州知事から発言された。

 また昔語りになってしまうが、マハレ研究30周年のシンポジウムでのダルエスサラーム大学歴史学科の教授の言葉を再録しておきたい。  「全人類の共有財産として、豊かな生態系の保護を多くの第三世界に負わせるという考えは受け入れられないだろう。そこに住んでいる人間を抜きにした自然保護というのは考えられない。長い間、野生と共生してきた地域の人びとの文化的伝統をしっかり調査した上で、その人びとと協議し、彼らの利益につながる形の保護でない限り、永続性はないだろう。」

☆参照文献☆ ・Legal and Human Rights Centre "Tanzania Human Rights Report 2011"(2012) ・タンザニア・ポレポレクラブ・ホームページ:タンザニア・ポレポレクラブ ・鶴田格・藤岡悠一郎・坂井真紀子『アフリカにおけるウラン鉱山開発』(「アフリカ研究」No.80、2012年)

(2012年9月1日)

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