根本 利通(ねもととしみち)
6月13日(金)の朝刊のトップ記事は、「新年度予算発表!」だった。忘れていたことを思い出して、思わず「あァっ…」とうなってしまった。
タンザニアの予算年度は7月1日~翌年の6月30日である。植民地時代からの伝統なのかどうか、毎年6月の第三木曜日に予算案が発表になっていた(今年発表されたのは12日で第二木曜日だったが)。今年はそのことを忘れていた自分に気がついて、思わず「あァっ…」とうなってしまったのだが、80年代後半は、この日にはラジオに耳を傾けていたことを思い出したのである。
80年代のタンザニアはウジャマーの社会主義体制が維持されていたし、アミンとのカゲラ戦争の余波の経済崩壊の中にいたから、どん底時代だったと言っていい。公定と闇ドルの価格差は7~10倍もあり、そういうシリングを実勢以上に高く吊り上げている状態では、外貨を要する輸入品は闇のレートでしか入手できない。タンザニア産である砂糖、塩、米、ウンガなどは公定価格で入らないことはないのだが、それは公務員のような身分の話で、公定価格で売る店には品物がなく、民衆は裏で闇価格を出せば何とか入手できるという状態であった。
そういう状況の中で、新年度予算の発表に民衆は何を期待し、何を恐れていたのかというと、まず「最低賃金のアップ」。公務員の最低賃金が上がると民間もそれに準拠して上がる建前だったから、民衆の期待はあった。次いで「通貨の切り下げ」。公定と実勢のレートが10倍以上離れている二重経済ではあっても、公定で支払わなくてはいけない部分も存在し、これはどちらかというと外国人である私の興味であったかもしれない。更に「ガソリンの値上げ」。ガソリン、ディーゼル、灯油は全て統制の対象だったから、政府が石油製品に課税する従量税が増えれば当然価格はアップし、輸送代が増えるわけだから当然物価が上がる。 他にも様々な価格統制品の価格がアップされたり、一部は安くなったり、新たな税が導入されたり、廃止されたりする。
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当時は新聞もラジオも国営のものしかなかった。予算案が発表されても翌日の新聞にはおおよそのことしか載らないし、予算案発表は国会で大蔵大臣がするのだが、スワヒリ語でなされるから、翌日すぐに英語新聞に載ることはないし、3~4日してから英語訳が載ったり載らなかったりで、それを待っているよりは、ラジオの実況 放送を聴き、分からないことをタンザニア人の友人に尋ねた方が早かった。タンザニア人にも非常に興味深いことで、ラジオに集中する人が多かった。当地の日本大使館でも、スワヒリ語の専門家が集中してラジオを聴き、概要を翻訳していたようだ。
さて回顧談はさておき、新年度予算案について。政府系の「Daily News」の見出しは「民衆中心の予算」。週刊の経済紙「Business Times」はただ「予算案発表される」 であった。ハイライトとして並べられた項目は次の通りである。(「Business Times」)
1)歳出は2,607,205,000,000シリング(2兆6072億シリング)
2)借入は1,175,821,000,000シリング(1兆1758億シリング)
3)税制改革
4)タンザナイト原石輸出の禁止
5)公務員最低賃金の見直し
6)プラスチック・バッグ(ビニール袋)の禁止の方向
7)酒・タバコ増税
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「Daily News」の記事や、その後の国会論戦の内容をふまえながら、少し解説をしてみたい。
1)昨年度(2002/3年度)予算が2兆2190億シリングだったから、17.4%の増加。(2001/2年度予算は1兆7640億シリング)ちなみにこの間のTshのUS$に対する下落率は8.7%(US$1=957→1,040)。GDPの成長率の見込みは6.6%で、昨年度の6.3%を上回る。一方インフレ率は昨年度の4.2%から下がって4.0%の予測。
2)予算に占める歳入は53.6%に過ぎず、46.4%は外国からの贈与、借款に頼っている。これは昨年度も47%を占めたからほぼ同じである(若干下がるという期待)。内、7276億が贈与、4482億が借款(ソフトローン)である。
5)注目の最低賃金のアップだが、その金額は今のところ公表されていない。新聞報道に依れば「労働組合との合意で発表しないことになった。公表すると商人が便乗値上げをする可能性があるから」ということだが、それで実際にどう機能していくのか首を傾げる。民間企業でも賃金アップ、所得税の改定を知らないとやっていけない。ちなみに、昨年までの公務員の最低賃金はTsh51,000(=約$50)。並行して開かれているザンジバルの国会では公務員の最低賃金が、Tsh30,000からTsh40,000にアップが公表された。
6)に関しては余りにも無神経に使われ、捨てられており、少しは環境に留意し出したということだろう。
「民衆中心=志向の予算」という根拠は、地方自治体において徴収されていた各種の税60種類の内、52種類を廃止するということで、これは悪名高いDevelopment Levyという名の人頭税、自転車や荷車の所有税や、埋葬の許可料などである。こういった細かな税を村人から徴税するのに、地方自治体は税収以上のお金を費やしていたと言われる。この地方自治体の減収に対する補償措置で、いくつかの中央政府の税収が地方自治体に移管される。その分、中央政府の増収策が練られていて、脱税対策になればいいのだが、「取れるところから取る」という方針にならないよう祈るばかりである。
他に今予算案での特徴は農業省予算の大幅アップである。前年度の1860億から3150億になんと70%アップである。これはこの10年間IMFなどの勧告を受け、廃止してきた助成金を復活させる。今年の旱魃対策でもあるらしいが、穀倉地帯である南部のビッグ4(イリンガ、ムベヤ、ルヴマ、ルクワ州)に肥料、農薬などの助成を行う方針である。
予算国会はドドマで続いている。この中で一部修正が加えられるだろうが、5月の補欠選挙でペンバの15議席をCUFが全部押さえても、野党議席数は35議席(全議席数は292)と、圧倒的に与党CCM支配の国会であるから、政府予算案の大筋は通るものと思われる。
余談だが、自治省予算の議論で「私が小学生の時に首都はドドマへ動くと教えられた。私が国会議員になった今でも同じ話を聞くのはなぜか?」という質問が野党議員からあったのは微笑ましかった。国会は完全にドドマに移ったが、行政機能の殆どは依然ダルエスサラームにあり、やはり首都はダルエスサラームだろう。いつタンザニア政府が、首都移転の停止を発表するか注目される。 あるいは立法首都と行政首都で分けていくのだろうか?(ちなみに最高裁判所はダルエスサラーム)。
(2003年7月1日)
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