根本 利通(ねもととしみち)
2015/16年度の暫定予算案は4月29日に発表された。昨年のそれは3月8日だったから、大幅に遅れた。これは昨年度の予算執行が、エスクロウ・スキャンダルの影響でドナー諸国の財政支援の執行が遅れた(2015年3月末で54%)ためだろうか。昨年度の最終予算案と今回の暫定予算案とを比べてみよう。「2014/5年度予算案」を参照してほしい。
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暫定予算案の発表
『The Citizen』2015年4月30日号
まず、昨年度の最終予算案は、19兆8533億シリングだった。4月29日に発表された暫定予算案では、総予算22兆4800億シリングで、前年比13.2%増となっていた。『The Citizen』の1面では、ムカパ政権の最後の予算案(2005/6年)が4兆1760億シリングだったのに、キクウェテ政権最後の今回のそれは22兆4800億シリングと5倍以上になっていること、そしてこの間のタンザニア・シリングの対US$為替レートが、1,133から2,025に下落していることを報じている。
通常予算と開発予算の配分であるが、前年度は通常13兆4082億シリング、開発6兆4451億シリングであったが、今年度は通常16兆7100億シリング、開発5兆7700億シリングとなっており、通常予算の伸びと開発予算の減少が目立つ。これはドナーによる援助が減り、自主財源に頼らざるを得なくなっているためだろう。もちろんこれは基本的には望ましいことで、海外からの援助依存率が大幅に減少していることも伝えている。2005/6年度が41%、2006/7年度が39%だったのに対し、2014/15年度は14.8%、新年度は8.4%(1兆8900億シリング)という数字を掲げている。
その歳入の内訳であるが、税収13兆3500億シリング(前年11兆2970億シリング)、非税収入9492億シリング(同8810億シリング)、地方政府収入5219億シリング(同4585億シリング)、借款・贈与1兆8900億シリング(同2兆9416億シリング)、商業的借入5兆7700億シリング(同4兆2752億シリング)を見込んでいる。
しかし5月1日の新聞の見出しは「予算案は非現実的」ときわめて批判的だった。国会の予算委員長、経済産業貿易委員長などの与党議員からも「政府は相談もなく、予算を膨らませている。今年度予算も税収は目標の88%程度にとどまっており、開発予算の配分を受けていないのが23省庁もあり、配分された8省庁もきわめて低額である。給与や交通費などの通常予算が開発予算を食っている。大風呂敷を広げたプロジェクト計画ではなく、もっと絞り込むべきだ」と厳しく批判されていた。
5月の国会で戦わされた論点を少し並べてみよう。一去年の天然ガス利権、昨年の電力買電をめぐるスキャンダルなどをめぐる熱のこもった論議とは違い、総選挙に心が奪われているせいか、やや物足りなかったと思われる。現実にこの予算国会の最中に、与党CCMの中央委員会がドドマで2日間開かれ、その手続き承認を受けて、待ちかまえていたロワッサ元首相を皮きりにCCMの大統領候補指名を求める人間が、連日声明を発表し(6月22日段階で38名!)、新聞のトップ記事は予算案審議ではなく、そちらのニュースで覆われた。国会の審議も欠席者が多かったようだ。
まず5月12日の首相府の予算説明から始まる。ここには地方政府関係の道路や病院建設の予算が含まれているのだが、実際に進んだプロジェクトは少なかったようだ。議員たちは「80%近くの今年度予算が執行されていないのに、新年度予算を議論する意味があるのか?国民を愚弄するだけではないか」とか、地元の選挙区の道路や病院の状態改善状況の停滞ぶりを例として挙げる議員も多かったようだ。
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予算国会の議論を聴くマゲンベ水大臣
『The Citizen』2015年6月6日号
5月22日に法務省予算の提案があり、昨年の焦点だった憲法改正案について、政府・与党と主要野党の対立は依然鮮明になった。ミギロ法相は「憲法改正は公正に進んでおり、国民投票の時期については国会に諮らずに、連合政府首相とザンジバル第二副大統領が決めることができる」とした。これに対し野党側は「2013年の国民投票法の改正なしには、実施できない」という見解だった。数日後の与党CCMの中央委員会でも、2015年のうちに国民投票実施の困難さは確認された。
5月26日には産業貿易省の予算案説明があった。新聞の見出しは「タンザニアの工業化計画をいかに中国が推進するか」だった。タンザニアの中進工業国化への途は、本年中に始まるムチュチュマ炭鉱とリガンガ鉄鉱の開発計画の5兆シリングのプロジェクトから始まると言う。その資金は中国の基金とタンザニアの国家開発公社(NHC)のよるタンザニア中国国際鉱物資源会社によって賄われるという。このムチュチュマ炭鉱の開発は、日本の巨大商社も可能性を調査していて、ムトワラ港までの石炭搬出手段(鉄道の建設)費用で断念した経緯があるので、残念な気もする。今回の計画では、600メガワットを100年以上にわたって供給できるという国内の火力発電需要とリガンガ鉄鉱山開発が主力のようだ。それ以外の巨大プロジェクトとしてバガモヨ港とそこに隣接する経済特区建設22兆シリングにも、中国がオマーンと組んで参入する。それ以外にもシンギダの風力発電プロジェクトも中国の資金だそうだ。
5月27日にはマグフリ建設相の予算案説明があった。地方幹線道路の建設進展、ダルエスサラームとバガモヨとを結ぶフェリーの不具合などの弁明の後に、ダルエスサラームの渋滞解消案を述べた。4兆4千億シリングを投入するその計画では、遅れているバス専用レーン建設に触れた後、市内の立体交差橋9本の建設計画を述べた。その最初であるTAZARA交差点の立体交差橋は、実は日本の無償援助で、今年10月の総選挙の時にはもう完成していて、政権与党の宣伝に貢献するはずだったが、遅れに遅れて今年5月末に3回目の入札が行なわれたが、どうもまた不調に終わったらしい。理由はよく知らないが、円安も原因の一つなのだろう。それにしても、市の中心街と対岸のキガンボーニ地区とを結ぶ橋は中国の手によって建設中だし、セランダー橋の複々線化は韓国が請け負うことになったし、日本の存在はますます薄くなっていく。もし2番手に予定されているウブンゴ交差点の立体交差橋が先に着工~竣工になったら目も当てられないなと思う。
6月1日には教育職業訓練省、6月2日には保健省の予算案説明があった。ともに重点分野で、ともに問題山積みの省である。教育省の開発予算の執行率は70%だそうで、ムズンベ大学には8億5千万シリングの割り当てがあるのに、まったく支給されていないと言う。これは多くの大学が地方政府の所轄に移管されているためらしいが、「教育省の名に値しない」と批判されていた。また保健省も多くの問題のうち、インドの病院への184億シリングと薬品倉庫部局への1086億シリングの未払い金が指摘されていた。タンザニアでは無理な患者を政府の費用でインドに運んで手術する制度があるが、その治療費用の借金がかさんでいるのだという。また薬品購入の基金が不足している。
水省の予算説明は6月5日にあった。ここでマゲンベ水大臣は与野党の議員の集中砲火に遭った。「でたらめの統計」「うそつきの親玉」「議場から追い出せ」などなどきつい発言が相次いだらしい。発言者はムワンザ、マラ、ルクワ、ムベヤなどの遠隔地を選挙区としている議員たちが多い。安全できれいな水へのアクセスは毎回選挙の公約に挙げられるが、実際に完成したプロジェクトは驚くほど少ない。今回も水大臣の説明では「53プロジェクト完成した」と言うのに、議員は「2つだけだ」と反論していた。水省に配分された開発予算の執行率が26%という数字だから仕方ないような気もするが、ダルエスサラームからのレンタカー代請求のバカ高さとか、セレンゲティ県で失格となった工事会社をマラ県で水省が契約しているなど、職員の腐敗を暗示する議員もいた。来る総選挙を意識しているのだろう。
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予算案の発表
『Mwananchi』2015年6月12日号
2015/16年度予算は6月11日に発表になった。翌朝の政府系の英語紙『Daily News』の見出しは「真に成長志向の予算」となっていたが、これはよいしょが過ぎるだろう。中立系の英語紙『The Citizen』では「片手で与え、もう一方で奪う」、スワヒリ語紙の『Mwananchi』では「おやすみなさいの予算」となっていた。これは安心して眠れるという意味ではないようだ。さらに別のスワヒリ語紙『Mtanzania』では「ビールとタバコを脇に置いた予算」であり、『Nipashe』ははっきりと「選挙の予算」と題している。
発表日の為替レートを使うと、予算規模は1兆2300億円くらいということになる。この数字は円換算すると昨年とほぼ同じになるが、シリング安、円安が相まってそういう数字になっているので、US$換算すると15%近く縮小してる計算になる。もちろん、タンザニア庶民の生活はUS$で動いているわけではないので、あくまでも比較の数字だ。
2014年の経済(GDP)成長率は7.0%で、2015年の目標は7.2%ということである。6.4%(2011年)→6.9%(2012年)→7.0%(2013年)と来ているから順調な伸びといえる。一方のインフレ率は2013年の7.9%から落ちて、2014年には6.1%になった。2015年の見込みは4.5%ということであるが、これは大いに怪しい。
(1)歳入:22兆4955億シリング
・国内の税収および非税収入:13兆9975億シリング(前年度12兆6365億シリング=10.8%増)
うち税収:12兆3630億シリング(前年度11兆3182億シリング=9.2%増)
うち非税収入:1兆1128億シリング(前年度8599億シリング=29.4%増、そのうちに天然ガス販売収入の421億シリングを含む)
うち地方政府の収入:5219億シリング(前年度4585億シリング=13.8%増)
・外国からの借款、贈与、援助:2兆3225億シリング(前年度2兆9416億シリング=21.1%減)
・国内からの借款、商業的借入:6兆1754億シリング(前年度4兆2616億シリング=44.9%増)
(2)歳出:22兆4955億シリング(前年度19兆8533億シリング=13.3%増)
・通常予算:16兆5764億シリング(前年度13兆4082億シリング=23.6%増)
・開発予算:5兆9191億シリング(前年度6兆4451億シリング=8.2%減)
うち海外援助:2兆0194億シリング(前年度2兆6921億シリング=25.0%減)
今年度(2014/15年度)も歳入不足が予測されている。2014年7月~2015年4月までの歳入から見て、最終(6月)までの見込みの数字が挙げられている。税収は91%、非税収入は74%、地方政府の収入は78%となっている。予算案では歳入予定は12兆6365億シリングであったから、歳入は実際には11兆2932億に落ち込むということで、1兆3000億を超える不足で、達成度は89.4%となる。昨年は91.7%の見込みとなっていたが、果たして結果はどうだったのか。
各省庁毎の予算であるが、昨年と同じように重点分野とされる6分野7省庁に配分が大きい。エネルギー鉱山、インフラストラクチャー(建設省と運輸省)、農業、教育、保健、水である。この6分野で通常予算の約65.9%を占めている。つまり他の17省庁(大臣は23人)を合わせた予算が34.1%しかないということになる。
エネルギー鉱山省の予算は9167億シリング(通常予算の中央政府分の5.7%)。前年が1兆906億シリングの割り当てだったから16%減である。うち4471億シリングが地方電化庁(REA)に充てられる。インフラストラクチャー関係であるが、建設と運輸を合わせて2兆4288億シリング(同15.1%)。前年比15.2%増。うち3224億シリングが運輸・物流に、1兆6085億シリングが幹線道路と橋梁の建設・修復に、95億シリングが港の建設・改良に充てられる。農業省は1兆14億シリング(同6.2%)。前年比でいうと7.7%減。灌漑インフラの強化。倉庫と市場の建設。
教育省には3兆8702億シリング(同24%)と最大の比率で、前年比でいうと11.7%増。うち3483億シリングは高等教育のローンの財源となる。水省には5735億シリング(同3.6%)。前年比13.8%減。保健省は1兆8211億シリング(同11.3%)。前年比14.7増加している。薬品の調達、感染病の予防、子どもたちの予防接種、HIVとマラリアの抑制など以外に、診療所の建設が挙げられている。
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下落するシリング
『The Citizen』2015年6月25日号
今年最大の課題総選挙の予算はどうなっているのだろう。これは主に首相府の予算で賄われるのだろう。首相府のなかの地方自治担当に4兆9478億シリングが割り当てられている。通常予算の29.8%を占め、実はこの比率が最も高い。これを除くと他の16省庁には4.3%しか残らないのか。この地方自治予算がすべて総選挙に使われるわけではないにせよ、膨大な支出になる。
増税・減税になった品目・項目を見てみよう。例年、増税の恒例品目であるビールその他のアルコール飲料、ソフトドリンク、タバコといった嗜好品の増税はなく、これは見出しになるほどのニュースだった。その代わり、ガソリン・軽油が1リットルあたり50シリング、灯油は100シリングの増税となった。これは庶民の家計に影響するだろう。特に灯油の値上げが目を引く。これに対する批判に対して、エネルギー鉱山相は「2005年灯油は180万リットル使われていたが、昨年の統計ではわずか19万リットルしか使用されていない。地方の人たちは今やソーラーとか乾電池の灯りを利用して入る」と答弁していたが、その統計は信頼できるのかなと思う。国内産業保護という名目で、コメ・砂糖の輸入関税が上がった。工業用の砂糖の関税も上がった。
減税になったのは最低賃金クラスの所得税が12%から11%に下げられた。しかし、労災基金として雇用主は1%の拠出が始まるから、政府の収入は減らない。公務員の最低賃金は月265,000シリングから、暫定予算案では310,000シリングへのアップが出ていたが、変更はあったのかなかったのか。また元公務員の年金が1ヶ月50,000シリングからだったのは、85,000シリングからになった。しかし、これだけでは暮らせないのは変わらない。
予算審議は盛り上がらず、議場はがらがらで国会議員は次の選挙が気になっている様子。6月23日にはあっさりと通過してしまった。そこで話題になっていたのは、もっぱら下落する一方のシリングのことである。今年の1月初めにはUS$1=Tsh1,730くらいだったのが、4月1日には$1=Tsh1,845、そこから急激に動き6月23日には$1=Tsh2,325まで下落してしまった。半年間で34%、3カ月で27%は激しい。当然、輸入品の価格は上がるし、交通費などに跳ね返って食料品価格も上がる。現在ラマダン中であるが、新米が出ているはずなのにコメの値段が下がらない。ラマダン中は食料品の価格が上がるのが普通だが、今年は庶民は大変だろう。
タンザニア・シリングの為替相場は、国際市場の動向とは別個に動くことがある。ラマダン明けとかクリスマスという大きな祝祭日の1ヶ月以上前には、商品の輸入のために外貨需要が高まりシリングが下落する。そして2週間くらい前にはその輸入された商品が港に到着し、関税を払うためにシリング需要が高まり反転する、というきわめてローカルな動きを示す。しかし、今年のラマダン入りのころの急激な下落はそれでは説明がつかない。財務相は「ドルが強いんだから仕方ない」と答弁し、中央銀行は介入せず放置の姿勢である。巷の雀はあれこれ噂するが、もっぱら10月に予定されている総選挙と関連付けており、そのころには$1=Tsh2,500まで行くだろうと、どこまで信憑性があるのだろうか。と、6月25日に反転の兆しを示し、6月30日には何と$1=Tsh1,960まで戻してしまった。中央銀行が介入したらしい。投機筋が動いたという説も聞くが、タンザニア通貨なんかが投機の対象になるのか、素人には到底理解しかねる。しかし、この2カ月の急激な乱高下は、30年間で初めてだと思う。
ザンジバル自治政府の予算案について触れようと思ったが、詳しい新聞報道は見つからなかった。ただ、ザンジバルのホテルの宿泊者に1泊1人当たり$1の「インフラストラクチャー税」が課せられるという政府の布告があった。ザンジバル内のインフラストラクチャーの改善のための費用に充てるということで、ザンジバル空港の利用者にも$1課せられるということである。最大の産業である観光業からというのは安易な気がしないでもない。製造業などへの投資はどうなっているのだろうか。やっと5年前に成立した連合政権が、最後の内閣解散の時に第二政党の大臣を議場から締め出すという事態になった。「政争の島」ザンジバルは今回の総選挙でも混乱が予想されている。観光は平和でこそ成り立つ産業なのである。
☆参照新聞☆
・『Mwananchi』2015年4月30日、5月4、12、28、29日、6月2、6、11~13、21~24日号
・『The Citizen』2015年4月30日、5月1、3、4、19、27,28日、6月2、3、6、11~13、16~18、22~26日号
・『The Daily News』2015年6月12日号
・『The Guardian』2015年6月12日号
・『Nipashe』2015年6月12日号
・『Mtanzania』2015年6月12日号
(2015年7月1日)
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