根本 利通(ねもととしみち)
マグフリの大統領宣誓・就任式は2015年11月5日だった。その就任100日後の高い評価は、「マグフリの100日と教育」で伝えた。10月3日の『Mwananchi』紙に「マグフリ、一周年に向けて」という記事が出て、なんとそのコーナーが連日1か月続いた。そのコーナーでは1年前の新聞記事を掲載し、選挙運動の際にマグフリがどういう公約をしていたかを検証しようという試みであった。その公約は多岐にわたっている。公務員の汚職撲滅、土地の所有権問題、鉄道・道路といったインフラの改善、電力公社の改革、教育の無償化、健康保険の普及などなどであった。
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JKとJPMの外遊
『Mwananchi』2016年10月5日号
マグフリの打ち出した「公務員の海外渡航の制限」は依然として継続中であるが、11か月間のマグフリの海外渡航はわずか2回と10月5日に報道された。それもルワンダ(4月)とウガンダ(5月)という隣国だけであった。9月に予定されていたザンビア訪問はカゲラ地震が発生して中止されたし、最も近しい隣国であるケニアには10月31日になってやっと行った。AU、SADCや国連の会議にも、副大統領、首相、外相を代理で送っている。前任のキクウェテ大統領の外遊好きとの比較では、キクウェテは就任後9か月間で25回という数字が出ていた。この渡航制限は経費節減のためだが、大統領の外遊は1泊$800~1,200、大臣・総裁・局長クラスだと$530、一般職員だと$350~450の日当という数字が挙げられていた。1年間の結果は、47回の招聘のうち応じたのは3回のみで節約は57億シリング(=約3億円)に達したという。
もう一つ、経費節減で10月に話題になったのは、「ウフルー・トーチ」の最終全国集会への公務員の出張禁止令であった。これは独立時にキリマンジャロ山頂に自由の松明(ウフルー・トーチ)を灯したのを記念して、ニエレレ時代に始められたタンザニアの統一と平和のシンボルである。毎年全国を松明をもったランナーがリレーし、(最近は)10月14日のニエレレの命日に最終地点へたどり着く。今年はシミユ州が全国集会開催地で、シェイン・ザンジバル大統領が受け取った。各州県の知事と幹部が参加することになれば、各人の運転手を含めて1,500人以上、その日当・ガソリン代は123億シリング(=約6億2千万円)に上るという。これは独立記念日と連合記念日の式典を中止したマグフリらしい経費節減策であったが、指令が遅くて遠隔地の役人はもう出発した者もいたらしい。
11月4日の新聞『Mwananchi』『The Citizen』は「マグフリ就任一周年」特集を組んだ。まず、世論調査の結果を見てみよう。この世論調査は100日後の際に実施されたのと同じく、2紙を発行しているMCL社と調査会社Infotrakが共同して行ったものである。サンプル数は18歳以上の1,000人で、全国6ゾーン(レーク、中部、北部、南部、海岸部、ザンジバル)の15州(カゲラ、マラ、ムワンザ、キゴマ、タボラ、シンギダ、ドドマ、アルーシャ、タンガ、ムベヤ、ルヴマ、モロゴロ、ダルエスサラーム、ムトワラ、ザンジバル)の113郷(Kata)で行われた。性比は女性(55.4%)・男性(44.6%)であり、都市と農村の比率は都市部(37.2%)・農村部(62.8%)であるという。学歴は小卒(37.5%)・中卒(39.9%)・カレッジ卒(12.9%)・大卒(4.9%)で、宗教はカトリック(40.4%)・プロテスタント(16.8%)・イスラーム(35.4%)・ヒンドゥー教(0.5%)・その他(6.9%)となっている。
この世論調査の質問票の正確な内容や順番はわからないし、サンプリングや統計処理にやや疑問点もあるが、新聞報道をそのまま紹介する。
①マグフリ大統領を評価するか?:評価する(66.2%)
②現政府を評価するか?:評価する(69.1%)
③国家はよくなっているか?:よくなった(46%)悪くなった(38%)変化なし(16%)
④マグフリの演説と政策:評価する(71.4%)評価しない(23.4%)回答なし(5.3%)
⑤経済政策:よくやっている(60%)
⑥ザンジバル選挙危機の処理:不満足(42.3%)満足(36%)
⑦政治集会・デモの禁止:反対(48%)賛成(47%)
⑧政策の優先分野:雇用の創出(21.7%)教育(18.9%)生計(16.8%)保健(14.0%)農業(9.2%)汚職(6.1%)
⑨公約の実行:高く評価(9.7%)評価(31.4%)あまり評価しない(22.2%)全く評価しない(7.8%)不明(28.9%)
⑩今選挙があったら誰に投票するか?:マグフリ(54.6%)ロワッサ(27.0%)その他(3.9%)回答なし(14.5%)
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1周年の世論調査
『The Citizen』2016年11月4日号
この世論調査の分析やそれぞれの分野に対する意見はその後数日にわたって報道された。例えば地域(ゾーン)別の支持率は野党の地盤である北部が89.1%と予想外に高く、次いで与党の強固な地盤の中部が83.3%、与野党が拮抗しているザンジバル(80.0%)、海岸部(69.7%)、レーク(67.8%)、南部(57.5%)と低くなっている。しかし、政治集会・デモや国会の生中継の禁止には海岸部(36.4%)、ザンジバル(36.7%)、レーク(45.1%)しか支持していない。この事項に関しては、都市部・男性・若者に反対が強く、農村部・女性・年配者に賛成者が比較多数である。ただ、国会の生中継禁止には反対が高いようだ。
また国はよくなっているかという質問に対し、都市部は51.0%が肯定的と否定的(31.7%)をかなり上回っているが、農村部では肯定(43.4%)と否定(40.9%)が接近している。これは農村部における暮らしの向上が実感として感じられないのだろう。公約であったはずの各郷(Kata)への5千万シリングの配布金も実現していない。
マグフリが当初から強い姿勢で臨んだ、綱紀粛正・汚職撲滅・経費節減についてはそれなりの実績が上がっているといえるだろう。ダルエスサラーム港湾局(TPA)や国税庁(TRA)をはじめとする利権官庁・公社・基金への手入れ、汚職したあるいは怠惰とみなされた国家公務員・公社職員幹部の摘発・免職は100人以上に及び、多くの国民が喝采を送った。しかし罷免された総裁クラスの大物が訴追されたという話もあまり聞かない。悠々自適の生活をしているのだろうか。大統領の任命人事である地方の州知事・県知事の罷免、幽霊公務員の摘発も頻繁な話題となっていた。幽霊公務員だけでなく、幽霊大学生が65,198人という数字も報道された。公務員の海外渡航の制限だけでなく、セミナーのホテルでの開催禁止も公務員の出席手当を節約しようとする意図で、ドナー諸国は参加者が減るなど苦慮しているらしい。
11月4日、マグフリは就任以来初めてといわれる集団記者会見に応じた。そのなかでマグフリが強調したのは経済成長だったようだ。今年度前半で経済成長は昨年の7%から今年度目標の7.2%にアップしており、インフレ率は4.5%にとどまっている。2020年度にはGDPの成長は15%に達する見込み。中国の投資家によるムクランガ県での1億ドルの工場やバガモヨ県における中小加工工場建設、インドへの70億シリングのササゲの輸出、カシューナッツの価格上昇、ポーランド企業によるトラクター製造工場、ドイツによるリンディの10億ドル肥料工場の建設などを列挙し、さらに隣国ケニアの524の企業が170億ドルを投資し、56,260人の雇用が創出されていることを強調している。一部に出ていたその手法を「独裁的」という批判も、軽くいなしたとのことだ。
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ジャーナリストとの対話
『The Citizen』2016年11月5日号
その記者会見では「汚い金」にも触れた。つまり公社などの政府機関の5500億シリングの預金を商業銀行からBOT(中央銀行)に移すように命じたことに触れ、公社などが商業銀行に多額の預金をして2~8%の金利を稼ぐが、商業銀行はそれを政府にローンで貸し出す金利14~16%を稼ぐ。その取引には与野党の政治家が絡んでおり、公社の総裁はその預金のキックバックで家を建てたりしている。「私が見ている間はそのような取引は起こらない。私はそのような取引禁止で不人気な大統領となろうとも、おそらく天国に行ったころには人気のある大統領と記憶されることだろう」と述べたという。
しかし、実際に一般庶民の暮らしがよくなっている、お金が回っているという実感はまだない。ダルエスサラームの最大の商店街であるカリアコーの小商店舗主は売り上げが落ちているとこぼしている。脱税を防ぎ徴税を強化しているから小売り価格も上がり気味だ。11月25日の報道では最大の納税企業であるビール製造のタンザニア醸造会社(TBL)の1916年4月~9月の半年の営業利益は13%落ちたという。またムソマのミルク工場や紡績工場がコストアップと課税強化のため閉鎖に追い込まれるという報道があり、翌26日にはイリンガ州にある東アフリカ最大の製材・電柱製造のサオヒル会社が赤字のため2000人の正規採用社員を1400人にまで減らすという報道が続いた。11月30日には昨年ナイジェリアの億万長者ダンゴットが6億ドル投資して始めたセメント工場がコスト高で生産を停止したと報道された。またLCCとして活躍したFastjet航空も赤字続きで路線を縮小しつつある。景気は今のところ低迷しているというのが実感だろう。ちなみにビールの販売の不振は、平日16時以前のアルコール販売の禁止のせいもあり、バーもつぶれているというし、ビリヤードも16時までは営業禁止と聞くと、天保の改革を思い出してしまう。
マグフリは15年間、建設・インフラ大臣をやっていたので、その方面は権威である。中央鉄道(ダルエスサラーム~キゴマ・ムワンザ間)はドイツ植民地時代の建設で老朽化が激しく、ここ十数年輸送量が大幅に低下していたが、それを標準軌に変更し(現在は狭軌)、輸送力を増強する計画に日本のJRなどの企業連合が参画する計画があり期待していたが、中国の銀行の融資が決まり、TAZARA鉄道以外も中国の影響下に置かれる形勢になってきた。ケニア~ウガンダを結ぶ大地溝帯(グレートリフトバレー)鉄道も含め、東アフリカの鉄道は中国の影響下に入る。6月から運休していたタンザニア航空も、カナダのボンバルディア(76人乗り)2機を購入し、運航を再開している。120人以上の乗客を乗せるジェット機を購入し、国際線を再開するというアドバルーンも上がっているが。
幽霊公務員の問題などで、州知事・県知事などをはじめ地方の行政官の大幅入れ替えを行い、マグフリ色を打ち出しているが、新しく任命された行政官、特に県のNo.2にあたるDED(県行政担当官)の能力・経験不足が国会でも話題になった。マグフリ好みの人材というのは若く、責任感が強く、高学歴ということらしいが、一面そういう新登用の人材は、素人・訓練不足で、地方行政がわかっていない、ややもすると独断専行に陥るという批判らしい。地方とは限らず中央の役人も、汚職その他で大幅に入れ替わり、若手が登用されているが、不慣れということで行政が停滞している面が見られる。マグフリの身上である「迅速な実行力」が発揮されるのはもう少し時間がかかるようだ。
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『The Citezen』2016年11月7日号
保健行政面でも課題は多い。マグフリ政権になって国民健康保険(NHIF)への加入者も190万人に達し、加入者の初診料や手術料も平均で60%下がったといわれる。しかし、加入できているのは主に都市部の賃金労働者であって、国民の過半数を占める農民には恩恵が及んでいない。地方保健行政改善のために全国480か所の健康センターのうち状態の悪い100か所を改善するための予算4000万ドルも計上された。しかし、これは援助頼みであり、マグフリが就任直後、抜き打ちの視察をしてトップを更迭したムヒンビリ国立病院をはじめ、各公立病院では薬品不足で治療が停滞しているようだ。それは薬品の管理を一括独占している公的機関(MSD=医療倉庫局)の問題でもあると思われる。さらに農村部における水不足、農耕民と牧畜民との間の土地紛争など課題は多い。
ずっと大きな懸案となっていたのは報道の自由にかかわる新「メディア・サービス法」であった。制憲国会の中継で注目された国会討論の生中継が禁止されたりして議論は多かった。特に個人のブログとかソーシャルメディアをどこまで取り締まるのかというのも大きな問題で、メディアが委縮して政権批判を行えなくなるのではないかという議論は強かった。この新法案の条文の詳細はわからないのだが、報道で危惧されていたのは次のような点であった。①政府が新聞の許認可権を完全に握り、説明なく休刊・廃刊を命ずることができる。②個人のジャーナリストの認可を政府が握ることになる。③国益に沿った報道をするように制限が加わった。④虚偽とみなされた報道が罰せられる可能性があるというような点であった。この法案は11月5日与党の圧倒的多数で国会を通過し、16日にマグフリが署名して成立した。
前政権で大きな争点となった新憲法は、公約には入っておらず優先順位が低いとされている。あれだけ3年間かけて専門家が練り上げ、全国を2巡して国民の意見を聴き、制憲国会で与野党が激しく対立した(「新憲法の混乱」や「憲法改正国民投票の延期」など参照)のは、タンザニアという国家の将来、特にザンジバルにとっては連合国家の意義を問う重要なもので、新政権下で国民投票が行われるものと思っていたのだが、マグフリが記者会見において、緊急課題とは思っていないと明言するに及んで、識者から失望・批判の声が上がっている。
もう一つの大きな課題である「教育」の問題については、稿を改めたいと思う。高校2年生、小学校7年生の修了試験の結果はもう出ていて、私立学校の上位独占状態は続いているが、少し変化もあるようだ。最大の焦点であると思われる中学校4年生の修了試験の結果が出るのは例年2月だが、今年は12月中に発表されるということでそれを待ちたいと思っている。それ以外にも中学校4年生までの無償化や、大学生への奨学金の不足・制限などが話題になっていて、タンザニアの将来を担う子どもたちの問題は未解決である。
☆参照文献☆
・『The Citizen』2016年10月5日、13~15日、11月4~7日、11日、13日、17~18日、25~26日、28日、30日号
・『Mwananchi』2016年10月3日、5日、13~15日、11月4~7日、10日、13~14日、26日、28日、30日号
(2016年12月1日)
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