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Habari za Dar es Salaam No.109   "Babu wa Loliondo" ― ロリオンドのバブー ―

根本 利通(ねもととしみち)

 3月から4月にかけて、タンザニアでは、「バブー(爺さん)」という大スターの話題でもちきりだった。もちろん、国内では憲法改正も大きな焦点だったし、海外では日本の大震災、津波、原発の話も、リビアの戦争の推移も大きな話題だった(アフリカ内では欧米の介入・干渉がもろ手を挙げて、賛同されたわけではない)。しかし、一般のタンザニア人の興味、関心の多くは、このバブーに向かった。

 こののバブーは、本名アンビリキレ・ムワサピレ(Ambilikile Mwasapile)という76歳のアルーシャ州ンゴロンゴロ県のロリオンド地方のサムンゲ(Samunge)村の住人である。生まれは南部のムベヤ州ルングウェ県で、長年エヴァンジェリ・ルーテル派教会の牧師を務め、2002年に退職した。退職する前から神の声を聞いていたのだが、2009年からその声に従って薬を作り出したと言う。彼が作る薬が、癌、エイズ、糖尿病、高血圧など、万病に効く「奇跡の薬」と評判になり、ロリオンドの辺鄙な村に国中から(あるいは国外からも)人が押し寄せ、大騒ぎになったという事件である。バブーは他の伝統的医師とは違い、病名を尋ねない。ただ、煎じた薬を与えるだけだという。これがエイズに悩む人たちを引き寄せたのだという説もある。

📷 ロリオンドをめざす車と人たち©Citizen  話題になりだしたのはいつごろからだろうか。2月だったか、1月からか、少なくとも去年の話ではないと思う。購読している英語新聞『The Citizen』に最初に載ったのは、3月6日だった。それ以前、人びとの間では噂(口コミ)で広まっていたのだろう。私は最初”そんな怪しい話”と思って、注意を払わなかったが、どんどん話題が広がり、新聞には連日トップ記事のように載るし、身近な人も「行きたい」と言い出すに及んで、これは何なのだ??と気になりだした次第で、反応がかなり遅かった。

 新聞報道の時系列で追ってみよう。新聞は『The Citizen』をベースとし、各種スワヒリ語紙も参照した。(日付は報道された日付である)

 3月6日 ロリオンドに向かう車と人びとの写真(右)が掲載される。  3月7日 この2週間、数百という人びとがサムンゲ村に「奇跡の薬」による伝統的治療を求めて向かい、3kmにも及ぶ列ができ、村では深刻な食料、水不足が起こっている。ンゴロンゴロ県知事は「このこと自体は悪い問題ではない。県は治療自体にはあまり関心がないが、混乱が起こらないように努力する」と語った。

 3月8日 薬を求めて並ぶ人の列から2人目の死者が出た。薬はカップ1杯500シリング。アルーシャからロリオンドまで普通20,000シリングのバス代(8時間以上かかる)が、120,000シリングに跳ね上がっているという。タンザニア政府保健省および国立医療研究所のスタッフが、バブーの使っている薬草ムガリガ(Mugariga。元々はその土地のソンジョ語では、Muugamuryaga)の成分分析のため、ダルエスサラームを出発した。

 3月10日 保健省は、バブーの治療を停止させる命令を出す。薬草の成分分析が終わるまでという名目だが、治療している場所が非衛生なこと、バブーが伝統医として登録されていないことも挙げられていた。  3月12日 政府(保健省ではなく首相府)は停止命令を撤回した。「医療というより信仰の問題だから」という言い訳だが、サムンゲ村周辺にいる6,000人、800台の車をどうしようもなかったのだと思われる。政府は病院から抜け出してロリオンドに向かう重態の病人のために救急車を用意し、また看護師を派遣すると声明する。治療を待っている間に亡くなった人数は6人に達した。

📷 近くの村で野宿し、治療を待つ人びと©Majira  3月14日 野党(TLP)の議員ムレマが糖尿病治療のために、ロリオンドに赴く。  3月18日 治療に使われている薬草は、Apiales目Apiaceae科Angelica属A.archangelicaとされる。

 3月22日 バブーは、「今、私の治療を待っている人たちは4万人いて、世界中からどんどんやってくる。新しい診療所を建てようと思う」と述べた。  3月23日 政府は、大雨季の最中の悪路を考慮して、ロリオンドへの交通制限を検討し始め、緊急の会議を開く。

 3月27日 ケニアの公衆衛生大臣が、バブーのことを嘘つきと呼び、逮捕を要求した。ケニアからも数千人の人びとがロリオンドへ行っている。  3月28日 バブー自ら、村への到着を1週間禁止すると声明。現在、24,000人が待っており、4,000台の車が、55km先から列を作っている。治療を待っている間、あるいは治療を受けた後に52人が今までに亡くなった。  3月29日 いくつかの研究機関で、ムガリガの成分を分析、保健省は「人間に有害ではない」という声明を出した。「治療に有効であるかどうか、薬を服んだ200人の協力を得て、追跡調査する」とも。

📷 薬を準備するバブー©Citizen  4月1日 マグフリ建設大臣が、サムンゲ村を訪問し、薬を服んだ後、国の予算10億シリング(約5,700万円)を使って、ムトワンブ(幹線道路からの分岐点)からロリオンドへの道路を舗装すると声明。  4月2日 バブーの薬を服んだ2日後に亡くなった人の話が載る。  4月4日 サムンゲ村での死者が3月11日からの合計で78名に達した。多くは病院からやってきた糖尿病、高血圧の重病患者で、待っている間に亡くなったが、子どもも7人いる。

 4月6日 コンゴ(DRC)大統領カビラの母親が飛行機で乗りつけ、薬を服んだ。ほかにも国会議員、大学教員などが治療を受けている。  4月7日 村に入る車に掛けた税金の分配を巡り、村とンゴロンゴロ県が対立。車両の大きさによって、1台2,000シリングから10,000シリングの入村料を取った(ヘリコプターは150,000シリング)。3月7日から28日の間の収入は約1,500万シリング1日平均で、80万から100万シリングの現金収入があった。

 4月9日 バブー以外に、薬草を使う伝統医が6人も名乗り、ムベヤ、タボラ、モロゴロなど、その料金は、無料から1杯20,000シリングまで。  4月12日 バブーがイースター休暇(4月22日~25日)中は、治療を休むと声明。アルーシャからロリオンド往復するヘリコプター会社の新聞広告が載る。

 4月13日 この地域の小学生たちは学校へ行かずに、治療を求めてやってくる旅行者に食料を売るのに忙しい。  4月19日 20日~25日のロリオンド行きの交通が、アルーシャ州政府により禁止される。タンザニア医療樹木基金(TMPF)は、バブーは2種類の樹木を使って薬を調合しているか、秘密を隠していると疑義を表明する。

 4月26日 マニヤラ州ババティ在住のバブーの息子(43歳)が、マラリアで急死したことが伝えられる。28日まで治療休止。  4月30日 WHO(世界保健機構)の伝統医担当のナイジェリア人の専門家をはじめとして、タンザニア保健省、医療研究センターなどの専門家が現地入りし、薬草のサンプル採集、成分分析にかかる。15ヶ月以内に結果報告を出す。

 こう見てくると、ロリオンド狂騒曲というか、タンザニア全体が熱狂したように思えるが、マスコミ、少なくとも『The Citizen』を読んでいる限り、冷静さが見られる。つまり、ロリオンドを目指した人びとの心の中は、わらにもすがる思い、あるいは絶望の断崖の上にいたのだろうという解説がついている。ただ、このロリオンドへの道の先には、タンザニア政府が世界の環境保護派の反対運動を無視して強行しようとしている、セレンゲティ横断道路につながっていることは気になるところだ。

📷 やっとのことで薬を服む人びと©Majira  イースター5連休(今年は4月26日の「連合記念日」がつながったので)に、我が社のスタッフがロリオンドに行きたいと言い出した。3月末のことである。最初は高血圧と糖尿病の2人だったが、計画が始まると我も我もという感じで、結局5人が希望した。なんだ、我が社のスタッフは病人集団なのかとちょっとめげたが、みな噂のロリオンドを見てみたいという気持ちもあったに違いない。タンザニア人の好奇心の強さ、こういうことへの信仰の強さに、ちょっと唖然とした。また、ロンドンにいるタンザニア人の知人から、オフィスのスタッフに電話がかかってきて、「知り合いのジンバブウェ人の母親が行きたがっている」と言っていた。

 このことから、私が思い出したのは、ムワンザのマチンガ(路上商人)の調査をした小川さやかさんの文章である。マチンガとの取引でほとんど詐欺に遭うような状態に陥っても、損失を被る中間卸商は、「嫉妬や呪術を恐れて」訴えたりしないという。そういう感覚は普遍的にあるのだ。

 さて、弊社のスタッフのロリオンド・サファリはどうだったろうか?イースター休暇中の治療がないため、イースターの最終日の4月25日に、最終的に4人でダルエスサラームから出発したが。バブーの息子の死亡事件などのために、29日払暁にサムンゲ村に到着。数百人の待ち人たちの列に加わり、無事カップを服んだと連絡があった。明日にはダルエスに帰ってくるという。みな、元気になってニコニコして帰ってくるだろうか?

 私がこの事件(社会的事象)に反応が鈍かったのは、科学的思考を善とし、「迷信」を退ける先入観があったからだろう。『The Citizen』の2月27日号に、「タンザニアは呪術信仰の国」という記事がトップで載った。2008年12月~2009年4月の間に、アフリカ19カ国で行われた調査(USAのPew-Templeton Global Religious Futureというプロジェクト)に依れば、呪術を信じる割合はタンザニアが60%でトップだったという。2位はマリ(59%)、3位はセネガル(58%)で、4位の南ア(56%)までが過半数が呪術を信じているという調査である。ちなみに最下位はルワンダ(5%)で、その上にエチオピア、ナイジェリア、ザンビアが11%で並んでいる。

 この調査方法がどれだけ信憑性があるのははわからないが、タンザニア人1,504人を調査し、その内907人がクリスチャン、539人がムスリムだったそうだ。この新聞記事では、ほとんどのタンザニア人が熱心なクリスチャンあるいはムスリムであるにもかかわらず、自分の商売の成功だとか、病気の治癒のために、並行して呪術師のところに行っているという。昨年起こったアルビノ誘拐殺人事件も、その呪術師による。その呪術師はMchawiであって、Mgamga Kineyeji(伝統医)を含まないだろう(もっとも、私にはこの二者の境界線は限りなく曖昧であるように思える)。そういう現実を、新聞ではキリスト教の司祭、牧師、イスラームの導師たちにインタビューし、信仰の衰えなどの意見を引き出しているのにちょっと虚を衝かれた。日本だったら、「迷信」と対立するのは「科学」であり、「宗教」ではないだろう。

 日本では進化論などを、宗教的立場から批判することはない。私のように完全な文科系の人間ですら、「科学的思考」というのには、全幅の信頼感というか、無前提に信用している感がある。しかし、「科学的思考」を圧倒的に善とする発想が、福島原発の事故をもたらしたのだろうか。今回の事故に関し、もらったある科学者のメールに次のような言葉があった。「科学は人間が考え出した自然を理解するための方法であって、絶対的な真理を追究しているものではないということを分かっていない科学者が多いことにがっかりしています。」 

(2011年5月1日)

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